神功皇后(ジングウコウゴウ)「日本神話の世界」

神功皇后ジングウコウゴウ

神功皇后1
神格
聖母神、武芸の神
祀られている神社
香椎宮(福岡市東区香椎町)
住吉大社(大阪市住吉区住吉)
城南宮(京都市伏見区下鳥羽中島宮の前町)
宇佐神宮(大分県宇佐市南宇佐)
鶴岡八幡宮(鎌倉市雪の下)
岩清水八幡宮(京都八幡市八幡町)
気比神宮(福井県敦賀市曙町)
忌宮神社(山口県下関市長府宮の内町)
鹿児島神宮(鹿児島県隼人町)など
神功皇后2
神徳
入試合格、安産・子育て、厄除け、病魔退散、家内安全、開運招福
別称
息長足姫命(おさながたらしひめのみこと)、息長帯比売命
系譜
ホンダワケ(応神天皇)の母
詳細
神功皇后(ジングウコウゴウ)は日本の代表的な聖母神で、処女のまま受胎て神の子を産むという母子神信仰と深く結びついている事で知られてます。また、鎌倉時代以降、全国的に広く信仰されるようになった応神天皇(八幡様)の母でもあります。

神功皇后は名前から分かる通り天皇の后であり、夫の名は仲哀天皇と言います。神功皇后は夫の仲哀天皇は九州の熊襲(くまそ)を討伐に向かう際に神懸りし、住吉三神から朝鮮半島へと遠征せよとの神託を受けますが、それに仲哀天皇は従わず、その事が神の怒りをかってしまったのか仲哀天皇は急死してしまいます。

仲哀天皇の死後、神功皇后は国政についての神意を問うと、「この国は皇后に宿る皇子が治めるべし」という神託を受けた為、身重の体ながらも朝鮮半島への遠征も果たすという離れ業をやってのけ、更に出産を遅らせる為に鎮懐石(ちんかいせき)と呼ばれている卵型の美しい石を腰に巻いて戦い、その状態で朝鮮半島の国家である新羅を平定します。
この時に神功皇后が腰に巻いたとされる鎮懐石は3つあり、それぞれ長崎県壱岐市の月読神社、京都府の月読神社、福岡県の鎮懐石八幡宮に奉納されたと伝わっています。

朝鮮半島から凱旋した神功皇后は15か月間という長い妊娠期間を経て応神天皇を出産し、立太子とした後、摂政として政治を執り行ったとされています。
また、八幡信仰が流行した鎌倉時代においては神功皇后は応神天皇を産んだ聖母として仏教と習合し、聖母大菩薩と呼ばれていました。
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